子供のころに「うばすて山」という昔話を知って、かなりショックを受けた記憶があります。
しかし、「うばすて山」というのは事実に基づいたお話だというのを知った時は、もっとショックを受けました。
また、海外では老人を山に捨てる風習が続いている国として日本を見ている人もいます。
それは「楢山節考」という映画がヨーロッパで高い評価を受けたからです。
「うばすて山」と「楢山節考」は、どちらもベースになっているのが事実とされる棄老伝説と言われています。
まったく無関係なのか、完全なフィクションなのか考察してみました。
「うばすて山」のあらすじ
山深いある里では、60歳以上のお年寄りは山に捨てに行かなければいけないという掟がありました。
その村で母親と二人きりで暮らしている男がいました。
母親は60歳になり、村の掟の通りに山に連れて行かなければいけなくなりました。
母親を背負って山に行き、置いて帰ろうとしますが、雪が降り始めて思わず引き返してしまいます。
どうしても母親を置いて帰ることができずに、家に連れて帰ってきます。
家の床下で隠しながら暮らしていると、村を含めた領地を治めている殿様が隣国との争いに困り、国中の民におふれを出します。
隣国から無理難題を突き付けられて困っていたのです。
その無理難題を、隠れて暮らしている母親の知恵で次々に解決します。
殿様は感謝して、男に褒美を与えます。
そこで男は正直に知恵を出したのは年老いた母親だと告げるのです。
殿様はお年寄りの知恵に感心して、老人を山に捨てるという掟を廃止したのです。
「うばすて山」が伝えること
「うばすて山」の昔話は、お年寄りには長年の経験による知恵があるので、大切にしなければいけないという教えがベースにあります。
そして、たとえ村の掟だとしても、母親を山に捨てるなどという残酷なことができなくて、母親を守った男には幸運がやってくるとして、親を大切にする気持ちを養う意味が込められています。
しかし、このお話には肝心のことがありません。
それは、「なぜお年寄りを山に捨てるという掟があるのか・・」という点です。
そこについては、子供の読み聞かせる昔話には描きにくかったのかも知れません。
映画になった「楢山節考」は、棄老伝説の本筋に触れているのです。
「楢山節考」のあらすじ
「楢山節考」は、深沢七郎の短編小説を映画化した作品です。
昔話の「うばすて山」は、息子が母親を置いて帰れずに、家に連れ帰ってからの展開の方がメインです。
しかし「楢山節考」は息子が母親を山に捨てに行くまでに、苦しみ悩む姿や母親の覚悟などが描かれています。
貧しい山間の村では、食糧が乏しいため、70歳以上の老人は労働力にならないため、食いぶちを減らすために姥捨山に連れていくという掟があったのです。
69歳の母親を山に連れて行くまでの家族を描いています。
最後は母親を山に置いて帰るので、昔話の「うばすて山」と「楢山節考」は違う結末になっているのです。
もとになった棄老伝説とは
「うばすて山」や「楢山節考」という話は、山深い土地にあった古い伝説をもとにしています。
フィクションではなく、そういう伝説が残る土地は信州や甲州の奥深い里にはあったとされています。
生きるのが精いっぱいの土地では、非情な掟がなければ生き延びていけなかったのかも知れませんね。
まとめ
今では、フードロスが社会問題になっています。
そんな時代の生きる人が「うばすて山」や「楢山節考」を知っても、この国の話とは信じられないかも知れません。
昔々のことだとしても、色々と考えさせられます。

