徳川幕府が免状を出したいる吉原を舞台にした大河ドラマ「べらぼう」は、回を追うごとに評判を呼んでいます。
様々な登場人物が話題になっていますが、ここにきて五代目瀬川を襲名した松葉屋看板花魁花の井を身請けしようと申し出ている鳥山検校への関心が急上昇です。
鳥山検校の「検校」とは名前ではなく、検校という地位の名称です。
盲人の最高官位として、時の政府から守られてきた検校についてまとめてみました。
検校の歴史
日本においての検校の起源は、若くして全盲になった天皇の子が出家後に寺に盲人を集めて琵琶や管弦などを教え、その盲人に検校の官位が与えられたことが始まりだと言われています。
寺の事務的な管理や監督をする役職名がそもそもだった検校が盲人の最高官位となったのは、天皇から与えられた官位だったからなのでしょう。
その後、室町時代になると、足利氏に由来のある検校が当道座を開きます。
当道座とは、男性の盲人が属する相互組織です。
足利家と縁のある検校が開いたこともあり、室町幕府から手厚く守られることになり、その後も明治時代まで当道座の仕組みは続きます。
当道座は時を経ていくつもの派に分かれますが、官位は検校、別当、勾当、座頭の4つであり、最高位が検校とされます。
検校になるためには、琴や弦などの演奏技術、さらには按摩や鍼灸などのスキルも必須だったようです。
さらに当道座の中で検校の官位になるためには、数百両(一説には700両以上)必要だったと言われているので、並大抵ではなかったと想像できます。
江戸時代になると、幕府は盲人を庇護するために寺社奉行の管理のもとに当道座をおき、積極的に自治組織に加わるように推奨します。
いつの時代もどの地域にも盲人はいるもので、幕府としても盲人の自立の助けになる当道座を推奨したのではないかと思われます。
金貸業を検校に許可していることも、それを裏付けるのではないでしょうか。
かなりの高金利で貸し付け手し、厳しい取り立てをする検校も多かったことから、極悪非道と言われることも少なくなかったようですね。
座頭と言えば
当道座の最下位が座頭です。
座頭と言えば「座頭市」を思い出す人も多いのではないでしょうか。
勝新太郎やビートたけしも演じた座頭市も盲人でした。
座頭市とは、座頭の市ということだったのですね。
座頭市は抜刀術を駆使し、貧しい人たちを苦しめる悪人を退治するという時代劇ですが、物語の中でも市の本業は按摩でした。
女性の盲人
ここまできて気が付いた人もいるでしょうが、当道座は男性の盲人しか参加できないし組織です。
では、女性の盲人はどうしていたのか。
気になりますよね。
女性の盲人は、当道座のような組織はありませんでしたが、やはり幕府からの庇護はあったそうです。
女性が全国を旅して歩くことを制限していた時代もありましたが、女性の盲人で組織された瞽女(ごぜ)に対しては許可をしていました。
三味線を演奏しながら唄う瞽女は明治、大正、昭和まで続きました。
最後の瞽女と言われた女性を描いた映画が2020年に公開されたことで、瞽女をはじめて知ったという方も多かったことでしょう。
男性の盲人のように幕府から許可を受けて自治組織を作ることはなかったとしても、やはりお互いに助け合いながら自立する道を切り開いてきたのです。
まとめ
幕府から特権を受けてきた当道座は明治になって廃止されますが、瞽女に関しては特に特権が与えられていたわけではなく、自助組織だったことから、廃止の対象にはならなかったのでしょう。
盲人を庇護する時代背景を知るきっかけになった大河ドラマ、今後の展開が楽しみです。
鳥山検校と五代目瀬川の運命はいかに・・。



