2025年、令和7年の今、専業主婦の割合はどのくらいでしょう。
2022年の調査では3割を下回っているそうです。
在宅でリモートワークする環境が急激に普及したこともあるのでしょうが、働きに出ていなくても仕事をしている既婚女性が増加していますよね。
人口減少も著しく、急激な高齢化、出生率の低下など、これからますます労働力不足となるこの国では、女性が働きやすくなるのは必須の課題だと思います。
しかし、女性が働きやすく・・・というのはそもそもおかしいのですよね。
女性が働きに出ることを良く思わない風潮があり、そういう時代があったことで女性の社会進出には様々なハードルがあったわけですから。
この「女性は外で働かずに家の中で家事や育児をするべき」という考え方は、じつは明治時代から広まったことだと言われています。
事実、江戸時代までは庶民の暮らしの中で既婚の女性も仕事をするのは珍しいわけじゃなく、当たり前に仕事をしていたのだとか。
そもそも専業主婦という概念がなかったようなのです。
江戸時代までの女性たちの職業とはどんなものがあったのでしょうか。
女性の仕事
江戸時代の女性の仕事の多くは、物を売り歩いたりするような行商や家事や裁縫の仕事が多かったようです。
具体的に見ていきましょう。
物売り
障子紙を貼るときに欠かせない糊を売り歩く
枝豆の季節になると売り歩く
鮎の季節になると売り歩く
サービス業
茶屋や料理屋の配膳係
宿場の客引き係
得意を生かす
今でも和裁や洋裁を職業としている人はいます。
江戸時代も裁縫の得意な女性はそれを生かしてお金を稼いでいました。
着物のほころびを直したり、着物を仕立てるなど。
また、江戸の町は男女比では男性の方が多かったので、独身の男性がとても多かったようです。
長屋暮らしの独身男性の家事、とりわけ洗濯を代行して手間賃を稼ぐ女性もいたそうです。
習い事の先生
子どもに読み書きを教えるのは武士の副業が多かったのですが、踊りや三味線などの芸事は女性の先生も少なくありませんでした。
芸者あがりの女性に多かったようで、年増の色気のある師匠に引き寄せられて男性が習い事に通うなんてこともあったようです。
職人は男性しか認められなかった
江戸時代の女性の専門職と言えば産婆や髪結です。
産婆に関しては幕府も認めていたのですが、髪結を職業とすることを禁止していたのです。
黙認されている時代も長かったのですが、天保の改革では髪結を厳しく取り締まったと言われています。
つまり、女性が髪を結いたければ自分でやりなさいということなんですね。
それに対して男性の髪を整える髪結床の男性は職人として身分を保証されていたのですから、なんとも不平等な話です。
そうは言っても江戸の町には2,000人近い女性の髪結が存在したと言われているので、取り締まりも追いつかなかったのではないでしょうか。
江戸時代には現代のように同業者が組合のようなものを作って幕府へ届け出る制度がありました。
大工や左官や庭師のような職人が身分を保証されていたのですが、そこには女性の職人は認められることはなかったのです。
江戸時代までは女性が手に職を持って仕事をして社会に受け入れられていたのに、武士が政治を行う時代になると徐々に女性の職業地位が失われていったのですね。
まとめ
明治時代から始まった家父長制度「家制度」は江戸時代にはすでにその基盤は固まり始めていたようです。
しかし江戸の町の女性はたくましく、幕府が認めなかったとしても生き抜くために働き続けていたわけです。
もしも江戸時代に女性の職業地位を認め、明治時代の家制度がなければ、性別に関係なく生きやすい世の中になっていたのかも知れませんね。

