「こぶとりじいさん」は、一度は聞いたことがある昔話ではないでしょうか。
子供向けの絵本では、おじいさんの顔にあるコブがちょっとかわいく描かれていたりしますが、リアルに考えると怖い話です。
そして、このお話はどうにも何を伝えたいのかわかりにくいのです。
よくある正直者と嘘つき、善人と悪人の対比なのはわかるのですが、結末をみて「なるほど」と思えないのです。
「こぶとりじいさん」のお話の教訓について、考えてみましょう。
「こぶとりじいさん」あらすじ
ある村に住んでいる二人のおじいさんのお話
二人のおじいさんの顔には、大きなこぶがありました。
右のほっぺにこぶのあるおじいさんは、こぶのことは気にせずに楽しく暮らしていました。
本人がこぶを気にする様子もなく、明るく接するので、周りの人たちとも仲良くしていました。
左のほっぺにこぶのあるおじいさんは、こぶのことを気にして人目を避けるように暮らしていました。
人目をさけて孤独に暮らし人を妬んでばかりいるので、性格が暗くなりひねくれていたため、村人も仲良くしようとは思いませんでした。
あの日、右のほっぺにこぶのあるおじいさんが、山へ出かけたとき、急に天気が悪くなり山を下りられなくなってしまいました。
仕方なく雨宿りをして夜が明けるのを待つつもりでいると、どこからか楽しそうな声が聞こえてきます。
人恋しくなっていたおじいさんは、楽しそうな声の方へ行ってみると、そこでは鬼たちが宴会をしていたのです。
隠れて見ていたおじいさんでしたが、あまりに楽しそうに踊っている鬼たちを見て、思わず自分を踊りに加わりました。
おじいさんの踊りを鬼たちはとても気に入り、また明日も来るようにと約束させます。
そして、おじいさんの右のほっぺにあるこぶを取ると「もし明日ちゃんと来たら、これは返してやる」と言って去っていきました。
おじいさんは、そんなつもりもなかったのにこぶを取り除くことに成功したわけです。
村に戻ってその話を皆に伝えると、左のほっぺにこぶのあるおじいさんの耳にも入りました。
こぶを気にして、人目をさけるように暮らしてきたおじいさんは、さっそく山へ出かけていきます。
そして夜になると、鬼たちの宴会の場所を見つけて踊りに加わったのです。
しかし、ろくに人前で踊ったこともないので、その踊りはとても下手で鬼たちを怒らせてしまいます。
「もう二度とくるな!」とこぶを右のほっぺにつけられてしまいました。
人を妬んでばかりいたおじいさんは、こぶが二つになってしまったのでした。
「こぶとりじいさん」の教訓
「こぶとりじいさん」のお話は、善と悪のような描き方がされていますが、果たしてそんな単純なことなのでしょうか。
もっと深い教訓があるのではないか、深掘りしてみます。
嘘つきなのに
じつはこの話をはじめて知ったとき、すごく変な気持ちになったことを記憶しています。
そもそも、右のほほにこぶのあるおじいさんがこぶを鬼にとられたのは偶然です。
結果的にこぶがなくなって良かったわけですが、少なくとも鬼との約束は破ったわけですよね。
もちろん、鬼との約束を守ってまた山へ行けば、せっかくなくなったこぶが元通りになってしまうので行かなかったわけです。
その点だけに焦点を当ててしまうと、嘘つきなのにラッキーな結果になったことに違和感を覚えます。
しかも、左のほほにこぶのあるおじいさんは、約束を守らずに来なかったおじいさんの身代わりになったような気がしてならないのでし。
なぜそんな結末になったのかと考えてみると、鬼たちに偶然会ったのも、こぶがなくなる結果になったのも、こぶのことを気にせずに、明るく楽しく生きていれば幸運が巡ってくるというような教訓があるのではないでしょうか。
慣れないことをしない
左のほほにほっぺのあるおじいさんは、こぶを気にするあまり性格がひねくれてしまったのは気の毒なことです。
その結果、人と楽しく踊り歌うような機会を経験したこともないでしょう。
なのに、こぶを何とかしない!という気持ちだけが先走り、鬼を楽しませるような踊りができるとか考えずに行動してしまいます。
こぶのことばかり気にしているから、後先のことを考える心の余裕もなかったのでしょうね。
自分の願望を叶えるために、慣れないことに手を出してしまうと、いい結果にならないということも教訓なのではないでしょうか。
まとめ
「こぶとりじいさん」は、なぜか鬼がおじいさんのこぶを約束を守らせるための質としてとったのです。
おじいさんが質になるようなものを他に持っていなかったのかも知れませんが、顔についているこぶが価値あるものだと思ってくれた鬼のおかげですね。
「鬼ってイイやつじゃん」という感想にまとまってしまうのは、ちょっと荒っぽいですかね・・。

