お歯黒にはどんな意味があったのだろう?いつまで続いていたのか!

歴史上の人

虫歯の痛みは、集中力を削ぎますよね。

早く歯医者へ行けば良かった・・と後悔することも度々あります。

歯医者が好きな人は滅多にいないと思いますし、大人でも苦手な人は本格的に痛くなるまで行かない人も少なくないでしょう。

痛みを軽減する技術が進歩しているのに、なぜか怖い歯医者さん。

でも、昔の人はもっとひどかったはずです。

何しろ、歯磨きだって今みたいに丁寧にしないでしょう。

虫歯になっても、削って被せものをするなんて技術もなかったでしょうから、きっと若いときに歯を失う人が多かったのではないかと想像します。

ところが、お歯黒をしていた人は虫歯がほとんどなかったという説があるのです。

お歯黒にはそんな効果がホントにあったのでしょうか。

もしもホントだったのなら、今の技術では歯を黒くしない状態で同じ効果のあるものが開発できないのか不思議です。

お歯黒とは、本来はどんな目的だったのか、その起源などもまとめてチェックしてみました。

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お歯黒の始まりとは

いったいお歯黒という文化は、いつ頃に始まったのか。

その起源を調べてみても、わからないほど古いものでした。

中国から伝わったとか、インドから伝わったとか、その由来も諸説あります。

ただ、外国から伝わったものだとしても、明治初期まで続いていたのです。

そこまで長く続いたのには、きっと色んな理由があったと考えられます。

江戸時代のころには、既婚女性の身だしなみとして定着しています。

江戸時代の既婚女性は、お歯黒だけじゃなく、眉を消す眉引きをしていました。

今の時代から見ると、恐怖さえ感じるのですが、その当時はそれが当たり前です。

見慣れてしまえば、それも違和感はなかったのでしょう。

しかし、江戸時代からさかのぼり、平安時代から室町時代のころまでは、貴族の男性の身だしなみでもあったのです。

時代の流れによって貴族から武家、一般に広まりますが、江戸時代には既婚女性が定着しています。

芸者や遊女の間でも、お歯黒や引き眉の流行りはありましたが、今と同じように上方(関西)と江戸(関東)では、多少のズレは会ったようですね。

日本以外でもあったのか

お歯黒の文化は、じつは世界中にありました。

中国やベトナム、ラオス、タイなどの部族には歯を染める風習が残っている地域もあります。

いずれも都市部ではなく、山間部などに暮らす少数民族の間に残る風習です。

しかし、歴史をさかのぼるとヨーロッパでも歯を黒く染めていた時期があったようなのです。

ただ、西洋では長く続くことはなかったのです。

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お歯黒の目的

お歯黒は、美容目的で始まったという説もあります。

しかし、お歯黒をする目的には歯を虫歯から守る目的があったと考えられているのです。

というのも、お歯黒をしていた時代の人の歯に虫歯が少なかったからです。

まともな歯ブラシもなく、歯磨き粉もなく、洗口液もない時代です。

虫歯や歯周病が悪化すれば、歯を抜くことで痛みから解放されるしかありません。

ところが、お歯黒をしていると虫歯にならないため、長く続いたと考えられるようになったのです。

お歯黒は鉄漿水(かねみず)と呼ばれる溶液と、タンニンを含む五倍子粉という粉を交互に塗り重ねることで黒くなります。

鉄漿水と五倍子粉の成分が結合すると、歯の色が黒くるだけじゃなく、歯の表面がコーティングされるのです。

これが虫歯を防ぐ役割をしていたのです。

日本に西洋式の歯科治療が入るまでは、痛みのある歯を抜くこと以外には根本的に治す方法はなかったので、お歯黒の風習はそういう意味ではかなり重要だったのかも知れません。

お歯黒をしない男性は虫歯や歯周病で、早い年齢で歯を失ってしまうこともあったようです。

だからなのか、入れ歯を作る技術はとても優れていたと言われています。

江戸時代の入れ歯は、木製のものでした。

歯茎の型をとって、精巧な総入れ歯を作るのです。

しかも、そのフィット感はとても良かったらしく、すき間もなく食べ物をしっかり噛めるものだったと言われています。

木製なので、唾液の水分でしっかり密着したのではないでしょうか。

お歯黒がなくなった理由

お歯黒は、明治時代になると廃れます。

これは近代化を進めたい明治政府の意向だったようです。

皇族、貴族は明治時代までお歯黒を続けていたのですが、明治政府がそれを禁止したのです。

それから庶民の風習も徐々に廃れて、大正時代になるとお歯黒をしている女性を見かけることはなくなったのです。

西洋との交流が増えた明治時代には、外からどう見られるのかを考えたのではないでしょうか。

西洋人から見れば、お歯黒や眉引きはとても異様だったのです。

江戸時代後期から明治初期に日本を訪れた外国人は、既婚女性がお歯黒をしていることから、わざと醜くすることで浮気を防ぐためだったのではないかと憶測しているほどです。

西洋の文化に追いつこうと必死だった明治政府は、まず皇族や貴族のお歯黒を禁止することで、一般にも廃止を促したのではないでしょうか。

まとめ

お歯黒は、日本に何百年もの間続いた文化です。

今では歌舞伎の芝居の中や、リアルを追求した映画などでしか見なくなりました。

しかし、歴史ドラマを描くときには、既婚女性の姿を脳内でお歯黒の眉引きに変換してみると、不思議な世界観になります。

美に対する価値観は、その時代で変わるというのが、わかりやすい風習ではないでしょうか。

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