「鶴の恩返し」という昔話は、

生き物にやさしくすると良い事があるよ
というのがメインのテーマだと思います。
ですが、それにしては少し複雑なストーリーです。
助けた鶴に恩返しされるだけでは終わらないのが、このお話の深いところ。
いったいこのお話は、何を伝えたいのでしょう。
「鶴の恩返し」のお話について、考察してみました。
「鶴の恩返し」のあらすじ
「鶴の恩返し」というお話のあらすじをざっくりとご紹介します。
このお話には、登場人物などに少し違いがありますが、そこはあまり気にしないでください。
あらすじ
ある心やさしいおじいさんが、山で罠にかかって動けなくなった鶴を見つけて助けてあげました。
そしてしばらくすると、そのおじいさんの家に美しい娘が道に迷って助けを求めて来ました。
おじいさんはおばあさんと二人きりで暮らしていたので、行くあてのない娘をそのまま家に置いてあげることにしました。
その娘は、夜になると部屋のこもって機織りをしては、美しい布を織りあげます。
その布は里で高く売れるので、おじいさんとおばあさんの暮らしはラクになります。
しかし、おじいさんとおばあさんには気になることがありました。
それは娘が日に日にやつれていくからです。
娘は機織りをする間は、絶対に部屋をのぞかないようにお願いしていました。
ですが、娘の様子が気になってしまい、ある夜に機織り部屋をのぞいてしまったのです。
そこには娘の姿はなく、代わりに鶴が自らの羽を抜いて布に織り込んでいたのです。
「あの時、おじいさんに助けてもらいました。その恩返しのためにここに来たのです。」
とほんとのことを伝えます。
「姿を見られてしまったので、もうお別れです」と言い残し、鶴は飛び立っていきました。
というのが「鶴の恩返し」のあらすじです。
「鶴の恩返し」の伝えたいこと
「鶴の恩返し」には、いくつか伝えたいことが織り交ぜられていると思っています。
1つずつ見ていきましょう。
生き物にやさしくする
一番大きなテーマは、やはり生き物にやさしくすることですよね。
動物に対して慈しみの心を持つことで、幸運が巡ってくると教えることで、子供たちにも動物にやさしくすることを伝えたかったのでしょう。
困った人は助ける
鶴を助けたやさしいおじいさんは、夜遅く訪ねてきた娘に対してもやさしく接します。
普通に考えれば、夜遅くに見ず知らずの人間が訪ねてきても、簡単に家に入れないですよね。
ですが、招き入れて、その家で暮らすことも許すほどやさしい人なのです。
結果的に、そのやさしさが幸運を招き入れたわけです。
困っている人には、救いの手を差し伸べるように伝えているのではないでしょうか。
約束は守る
おじいさんとおばあさんは、娘が「見ないでください」とお願いしたのにも関わらず、機織りをしている部屋を開けてしまいました。
その結果、正体がバレてしまった鶴はそこにいられなくなり、お別れすることになったのです。
約束は守らないと悲しいことが起こるかも知れない・・という教えの意味も含まれているのだと思います。
見て見ぬふりはしない
「鶴の恩返し」のお話の教訓としては、共感されないかも知れません。
ですが、私はおじいさんとおばあさんが約束を破ってまで機織り部屋を見てしまったのは、やさしさの証明だと思っています。
もちろん約束を守ることは大切です。
ですが、日に日にやつれていく娘を見ていて、心配しないわけありません。
いくら約束だからといっても、やつれていく娘を見て見ぬふりするなんて、できないはずです。
もしもおじいさんとおばあさんが、約束を破って覗かなければ、鶴は弱り切ってしまったかも知れません。
せっかくおじいさんが助けたのに、恩返しのせいで弱ってしまうなんて、おじいさんは望んでいないでしょう。
鶴はホントにやさしいおじいさんとおばあさんに恩返ししたい気持ちが強かったと思うのです。
それでも、強がって無理をしているのではないか・・と感じた時には、約束を破るくらいの覚悟で確かめなければいけないのです。
おじいさんたちが見て見ぬふりをしなかったことに、一番感動しました。
やつれていく娘を見ても、高く売れる布を織り続けてくれれば、ラクな暮らしができると思って、知らぬ顔をするような人じゃなくてホントに良かったです。
恩返しには違う方法があったのでは
「鶴の恩返し」というお話は、恩返しのために鶴が人間の娘に姿を変えます。
もしも鶴がずっと人間の娘の姿で生き続けることができるのなら、わざわざ羽を抜いてまで布を織らなくても良かったと思います。
おじいさんとおばあさんは、二人きりで暮らしているのですから、若くて美しい娘が一緒に暮らしてくれるのなら、それだけで十分に幸せだったのではないでしょうか。
そこまでしなくても良かったのに・・と思ってしまいます。
まとめ
「鶴の恩返し」というお話をはじめて知った時、「めでたしめでたし」にはなりませんでした。
みんなが心やさしくて、みんなが思いやりがあるのに、ちょっと寂しい気持ちになったからです。

ホントは3人で幸せに暮らせればよかったのに
と思ってしまうのでした。

