有名な落語の演目である「死神」は、そのタイトルだけ見れば怖いお話のようですが、実際に落語を聴いてみると身の毛のよだつ怪談話ではないことがわかります。
タイトルどおり、死神が登場するのですが、それがちっとも怖くないのです。
しかし「死」をもとにした内容は、聞く人によって受け止め方も違うでしょう。
じつは聞く人によっては、「死神」という落語はファンタジーだから子供も楽しく聞けるはずという人もいるほどです。
どのように読み解けばよいのか、「死神」について勝手に考察します。
「死神」のあらすじ
仕事もうなくいかず、やることなすこと失敗ばかりで人生が嫌になり、生きるのを諦めようとした男がいた。
死に場所を探してさまよっているときに、鋭い目をした老人に声をかけられた。
その老人は「私は死神だ」と名乗り、男にこう言った。
「お前の寿命はまだ終わらない。いい方法を教えてやるから、医者を始めるといい」と言うのだ。
男は医学の知識なんてまったくないので、そんなの無理だと思ったが、どうせ死ぬつもりだったのだからダメで元々だと思って死神の話を聞いた。
病人の床の足元に死神が座っていたら、その病人はまだ寿命があるから治る。
呪文を唱えれば死神は消えて元気になるのだと。
逆に病人の床の枕元に死神が座っていれば、もう寿命はわずかなので助からないと聞かされた。
半信半疑ながらも、さっそく男は医者の看板を出してみると、すぐに診て欲しいという依頼が来た。
大きな商家の主人が病気で伏せっているところに案内されると、足元に死神が座っていた。
男が呪文を唱えると、ホントに死神は消えて、みるみると元気になっていったのだ。
その評判はすぐに知れ渡り、医者として引っ張りだこになると、お金に困ることはなくなり、贅沢な暮らしを満喫していた。
少し仕事を休んで遊びに興じることにした。
贅沢三昧をして豪遊して、さてまた医者として依頼を受けるのだが、なぜかどこに呼ばれても死神が枕元に座っている。
助けられない病人ばかりで、評判はすっかりガタ落ちになり、ヤブ医者呼ばわりされてしまう。
それでも藁をもすがる思いで男のところに助けを求めにくる人もいたのだ。
どうしても助けて欲しいと頼まれて、病人のところにいくと、また枕元に死神が座っていた・・。
男は仕方なく、助からないことを家族に伝えるのだが、大金を積んでもいいから何とか助けて欲しいとお願いするのだ。
男は考えた・・。
そのとき、病人の枕元で居眠りする死神を見て思いついたのだ。
病人の布団を反転させて、死神のいる方に足元を持ってきた瞬間に男が呪文を唱えると、死神が消えて病人は治ったのだ。
大金を手に入れて、これでまた稼ぐ方法を見つけたと意気揚々の男のところに、あの老人があらわれる。
「お前がしたことは、取り返しのつかないことなんだ」と。
そして男を暗い洞窟の中に導いた。
そこには無数のロウソクが灯っている。
老人の死神が言うには、そのロウソクの長さは人の寿命だと。
さっき男が助けた病人のロウソクはとても長いが、もともとはほとんど消えそうなくらい短いロウソクだったのだと。
「お前のロウソクとあの病人のロウソクは入れ替わってしまった。だからお前の寿命は、もうほとんど残っていないのだ。」
これを聞いて男は驚き、何とか救われる方法はないのかと死神にすがる。
死神の老人は、新しいロウソクを男に渡すと、
「うまくこの新しいロウソクに火を移すことができれば助かるよ」
と言って姿を消してしまった。
男は自分の寿命が消える前に、新しいロウソクに火を移そうとするのだが、恐怖と焦りで手が震えてしまい上手く点けることができない・・。
あああ、消えてしまう・・。
「死神」の原案はグリム童話
「死神」は明治初期に活躍した噺家が創作した演目ですが、その原案はグリム童話に収載されているお話だと言われています。(死神の名付け親)
幕末から明治にかけて活躍した噺家が、海外の童話からヒントにして新作の落語を創作したのであれば、ファンタジーという人がいるのもわかります。
死神という存在は、日本だけでなく、世界中の民話や宗教で伝えられているので馴染みやすかったのではないでしょうか。
空想の物語に登場させることで、教訓を伝える役割があったのだと思います。
男の言い分
この「死神」という落語の演目をはじめて聴いた時は、主人公の男が欲深いので自業自得だと思ったのをおぼえています。
しかし、何度も繰り返し聞いているうちに、この男が気の毒に感じるようになりました。
そもそもこの男は、人生に嫌気がさして、生きることをあきらめようとしていました。
そこへ声をかけてきたのが死神です。
いくら寿命が残っているからと言って、死神を利用して金を稼いでラクに生きる方法を教えるのはどうなのでしょう。
普通にそんな入れ知恵をされれば、ラクして金儲けするのに慣れてしまい、苦労して働くことなんてできなくなってしまいます。
それなのに、ある時から病人の枕元ばかりに死神が座るようになり、医者として稼ぐ手段を失ってしまうのです。
焦りから、良からぬことを思いつくのもわかるような気がします。
世の中そんなに甘い話はないとはいえ、頼みもしないのにラクして稼げる方法を教えて、稼げなくなったときの対処法は教えないのですから、ちょっとひどいなぁと思ってしまいました。
しかし、男はもともと死に場所を探して彷徨っていたくらいなので、結果的には望み通りになったのかも知れません。
その間に生きることへの欲を植え付けたので、死神のしたことは残酷だなと感じてしまったのでした。
まとめ
「死神」という古典落語は、演じる噺家によって最後のサゲの演出を変えることもあります。
それはもしかしたら、私と同じように、主人公の男に対する同情のようなものが働いたのかも知れないと考えるようになりました。
もしも興味を持ったのなら、色んな落語家の「死神」を聞き比べてみるのもイイですよ。