「井戸の茶碗」という落語は、人気の高い演目です。
滑稽なだけではなく、人の情や武家の誇りなどを表現する噺です。
ひとつの落語の演目なのに、様々な要素が含まれているので、とても面白くてファンも多いのでしょう。
「井戸の茶碗」に限ったことではありませんが、落語の演目には悪人が一人も登場しない内容も多いのですよね。
悪人の出てこないお話というのは、ハラハラすることがないので、安心して聞けます。
ただ、「井戸の茶碗」に登場する人物は、ただ善い人と片付けていいのか少し疑問に思うこともあるのです。
「井戸の茶碗」の登場人物
「井戸の茶碗」のお話には、主に4人の登場人物がいます。
千代田朴斎
千代田朴斎は、長屋に住んでいる浪人です。
近所の子供たちに、読み書きなどを教えたり、占いなどで生計を立てている。
貧しい暮らしをしている浪人。
高木佐久左衛門
高木佐久左衛門は、細川家の家臣。
江戸の細川屋敷にいる若い武士。
くずやの清兵衛
くずやの清兵衛は、正直者で有名な人物。
目利きが苦手なので、屑ばかりを扱っている。
千代田朴斎の娘
千代田朴斎には、美しい娘がいる。
年齢は17歳くらいで、貧しい長屋暮らしをしているが、品のある美しさは目を引く存在。
「井戸の茶碗」のあらすじ
くずやの清兵衛は、美しい娘に呼び止められてはじめての家に向かった。
みすぼらしい裏長屋に父と娘が二人で暮らしてる様子。
父親の名は千代田朴斎といい、今は浪人の身だった。
屑を買い取り、代金を渡すと千代田朴斎はくずやの清兵衛に他にも買い取って欲しいものがあると言い、古い仏像を見せた。
しかし清兵衛は目利きが苦手なので、そういうものは扱わないことにしている。
目利きが間違って相場より高く買えば自分が損するし、安く買えばお客に対して申し訳がない。
だから断っているのだと。
それを聞いた千代田朴斎は、正直な人柄を気に入ってさらにこう続ける。
「体調を崩してしまい、今はどうしても金が必要だから何とかお願いしたい」と。
清兵衛は困っている様子の父娘を見て断り切れず、200文で仏像を預かることにした。
もしも200文以上で売れた場合は、折半するという約束で仏像を引き取り千代田朴斎の家を後にします。
仏像を背中のカゴに入れて歩いていると、「お~いくずや」と声がかかりました。
顔を上げると細川屋敷から若い武士が顔を見せて「その仏像を見せて欲しい」というので、清兵衛は仏像を若い武士に見せたのです。
その武士は細川家の家臣で高木佐久左衛門と名乗り、仏像を気に入って買うことにしました。
「いくらだ?」と聞くと、清兵衛は「200文より上ならいくらでもいい」と欲のないことを言います。
高木佐久左衛門は「では300文でどうだ」と言って、仏像を買い取りました。
古い仏像を眺めながら、少し磨いてキレイにしようとしたところ、仏像の中にガラガラと音がするのです。
「これは腹籠りかも知れないな」と台座の下の紙をはがしてみました。
(腹籠りとは、仏像の中にさらに小さな仏像が入っていること)
すると、そこから出てきたのは仏像ではなく50両もの小判だったのです。
高木佐久左衛門は、その50両を仏像の持ち主に返さなければいけないと思い、くずやの清兵衛が屋敷の前を通りかかるのを待って呼び止めます。
「私は仏像を300文で買ったが、中の50両を買ったおぼえはない。よって50両は持ち主に返して欲しい」と言って清兵衛に手渡します。
貧しい暮らしをしているので、きっと千代田朴斎も喜ぶと思って清兵衛は50両を預かって裏長屋へ向かいます。
ところが、千代田朴斎は受取りません。
「先祖から伝わった仏像だが、私はその大切なものを手放してしまった。しかも先祖が困ったときのためにと残してくれた50両に気が付かなかったのは不徳の致すところ」だと。
「だからくずやさん、私はその50両は受け取れません」と言って、清兵衛を追い返すのです。
困った清兵衛は高木佐久左衛門のところに戻り、事情を話して50両を渡そうとするのですが、こちらも頑として受け取りません。
「私は仏像を買ったのであって、中の50両を買ったわけではない」と。
頑固な二人の間で右往左往するくずやの清兵衛を見兼ねて、千代田朴斎が住んでいる裏長屋のまとめ役が相談に乗ることになりました。
話を聞いた長屋のまとめ役は、双方が20両ずつ受取、残りの10両はくずやの清兵衛が受け取ることで丸くおさめようとします。
ところがそれでも首を縦に振らないので、千代田氏から高木氏へ何か品物を渡し、その代金ということで20両を受け取ることを提案します。
千代田朴齋もこの提案は渋々受け入れ、自分が日ごろから使っている古ぼけた茶碗を高木佐久左衛門に渡すことで話は済んだはずだったのです。
ところが、このやり取りが評判になります。
正直者ばかりが揃って、大金を目の前にしても頑固に受け取らずに、苦肉の策でおさまったという噂は細川のお殿様の耳にも入ったのです。
お殿様は、家臣のその正直な人柄を喜び、ぜひ直接会って話をしたいと言い出します。
また、その時に仏像と茶碗も見てみたいと。
細川のお殿様は、古物に興味があったため、お抱えの古物商も同席したところへ高木佐久左衛門が目通りします。
さっそく、仏像と茶碗を見せたところ、同席した古物商が思わず「ちょっとその茶碗を見せていただいてもよろしいですか」と言い出したのです。
どうやらその茶碗は「井戸の茶碗」と呼ばれる名器であることがわかり、お殿様は300両で所望したのです。
断ることもできるはずもなく、高木佐久左衛門は茶碗の代わりに300両という大金を手にすることになります。
さあ困り果てた高木氏です。
くずやの清兵衛を呼び、半分の150両を千代田朴斎に渡す方法を相談します。
しかし、20両でも受け取らなかったのですから、150両を簡単に受け取るはずもありません。
そこで清兵衛さんは考えました。
高木佐久左衛門はまだ独身だったので、千代田氏の娘を嫁にしてはどうかと提案するのです。
そういうことであれば、150両は嫁入りのための支度金として受け取るのではないかと。
高木氏も千代田氏もお互いの正直で真面目な人柄は、十分すぎるほどわかっていたので断る理由は見当たらないとして、おめでたい話はまとまったのです。
善人だけれど頑固過ぎる
「井戸の茶碗」という落語は、登場する人がみんな良い人ばかりです。
もしも一人でもずる賢い人間がいれば、このような美談は成り立たないのです。
でも、少し頑固過ぎると思いませんか?
間に入ったくずやの清兵衛さんは、ある意味では被害者ですよね。
儲けはあったとしても、他の商売ができなくなるほど、この二人の頑固者に巻き込まれてしまったのですから。
まあ、結果オーライということでしょう。
ですが、もう一つ気になることがあります。
江戸時代なので、娘の嫁ぎ先を親が勝手に決めたり、相手に一度も会わないまま結婚が決まるのは珍しくもないのでしょう。
しかし、千代田朴斎の娘さんは、頑固な父親に負けないくらいの頑固な男のところに嫁ぐことになったわけですよ。
良い人には違いないでしょうが、少しくらい娘さんの気持ちも考えてあげても良かったのではないかと、余計なお世話ですが考えてしまいました。
まとめ
「井戸の茶碗」という落語をはじめて聞いた人は、登場人物の人柄にまず感心すると思います。
繰り返し聞いていると、少し違った角度から登場人物を分析するようになるので、ただ正直な善人というだけの印象が少し変化してきます。
聞く人がそれぞれ登場人物のキャラクターを分析してみると、笑うところにも個人差が出るのかも知れません。
それが同じ内容を何度聞いても面白い落語の魅力なのでしょう。